漂流する世界秩序:中東の火種が招く「力の支配」への回帰
2026年2月、米国とイスラエルによるイランへの電撃的な軍事介入と、その後のハメネイ最高指導者の急逝という激震は、単なる局地的な紛争の枠を超え、戦後レジームが維持してきたグローバルな安定を根底から突き崩している。軍事的に追い詰められたイランが、世界経済の頸動脈ともいえるホルムズ海峡への機雷敷設を辞さない構えを見せるなか、エネルギー供給の寸断を恐れる国際市場にはかつてない戦慄が走っている。だが、我々が真に直視すべきは、目に見える戦火の拡大以上に、国際社会のバックボーンであった「法の支配」が空洞化し、無秩序な世界へと退行し始めている事実である。
今回のトランプ政権による断行は、独立国に対する先制的な武力行使であり、国連憲章が掲げる武力行使禁止原則や、国際法上の自衛権の定義を逸脱しているとの批判は免れない。それにもかかわらず、日欧などの同盟諸国が、これを明白な法違反として断罪する動きは鈍い。各国にとって、対米関係という安全保障・経済の生命線を守ることは、冷徹な現実政治(リアルポリティクス)における至上命題だからである。こうした「戦略的な黙認」は外交上の苦渋の決断といえるが、その代償として、西側諸国が長年築いてきた道義的な指導力は著しく減退することになるだろう。
これまで欧米諸国は、ロシアのウクライナ侵略をルールに基づく秩序への挑戦として糾弾し、中国による力による現状変更の試みに対しても断固たる拒絶を示してきた。その正当性の根拠は、常に国際法と主権の尊重にあったはずだ。しかし、身内の振る舞いに対してのみ沈黙、あるいは擁護に回る姿勢は、グローバルサウスや中露の目には、二重基準の典型と映る。中露は即座にこの矛盾を突き、自らの覇権的行動を正当化する格好の材料とするだろう。「西側の説く秩序とは、自陣営の利権を守るための便宜的な道具に過ぎない」という冷ややかな認識が世界に定着したとき、国際法が持つ普遍的な拘束力は霧散する。
かつての欧米は、理念と実力を兼ね備えた世界の羅針盤であった。だが今や、国際社会全体の利益を代表するリーダーとしての色彩を失い、自らの生存圏を囲い込む一つの閉鎖的なブロックへと変質しつつある。世界全体を鳥瞰し、共通の規範を提示できる指導勢力が不在となった現状は、地球規模の混沌を招いている。
理性的ルールよりも物理的実力が優先され、法が恣意的に解釈される世界では、小国や中堅国家の存立基盤は極めて脆弱なものとなる。ホルムズ海峡の危うい均衡が示す通り、一地域の動乱は瞬時に供給網を寸断し、全人類の生活を脅かす。我々がふたたび「力の論理」に屈することは、先人たちが幾多の犠牲を払って積み上げてきた外交の知恵と平和の枠組みを自ら破棄することに等しい。自国の目先の利益を優先するあまり、人類共通の規範を損なう現在の潮流は、無秩序な世界への前奏曲ともいえる。今こそ我々に求められているのは、偏狭なナショナリズムを乗り越え、普遍的なルールの再構築に向けて不屈の対話を模索することである。
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